年金の議論に思う。量、質、改善

ビジネス・経済

こんにちは、岩崎将史です。

ちょっと前に金融庁が
「年金は期待せずに、自己責任で老後の準備してね」
的な事を発表しましてニュースになりました。
社会保険庁ではなく金融庁っていうのがポイントだと思っているのですが、SNSにも色々な意見が溢れてました。

僕が普段から社会保険について考えている事を書きたいのですが、自分はとは違う意見だって人も多いと思います。
もし、あなたが、違う意見や考えにはイライラする、みたいなタイプであれは読まないの推奨です。
僕はこういうのが割と楽しくディスカッションできるタイプなので、楽しく話の肴になります。

書くのはあくまで僕の個人的な一つの考えなので、絶対これが正しいとか言うものではないので、そんな感じで読んで頂ければ嬉しいです。

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社会保険料、重いっす

僕は極零細ながらも株式法人の経営をしていますので、いつも社会保険料は、
「重いよ〜、大変だよ〜」
って思っています。
頑張って人件費枠を増やしても社会保険料も増えるので、社員からしたら、
「こんだけ?」
みたいに思われてるだろうな〜と。

ですので手続きに社会保険事務所に行くと、
「無駄なお金使ってるな〜」
と感じてしまう箇所が多くあります。
社会保険庁の過去のニュースなどでにも、不満は多いです。

不満もありますが、
「払った額が貰えない」
「自分で積み立てた方が得」
「だから払わない」

みたいな意見が流れてくると、それはそれで「え〜〜」っと思います。

理由を読んでいると根本的な考え方と前提の知識が違うと思うことが多いように。
運用面での文句はありますが、考え方は重要だと思うので、そのあたりを書いてみようかなと。

積み立て式ではない

今、言われている事の問題の根幹はこのイメージで合ってるかと思います。

イメージなので、あえて超絶デフォルメしています。

一応、厚労省HPの出生率グラフをリンクします。
が、別に見なくてよいです。

払う人が減って、もらう人が増えてるよという誰でも知っている知識の念のための共有。

こうなると出来ることは、
「徴収金額を増やす」
「支給金額を減らす」

のどちか、またはその両方。

増やすため、減らすための方法は色々あるとしても、そのどちらかか両方をやるしかない状態。
子供増やすってのは大切ですが、仮に出生率が急激に上がったとしても社会保険料という意味で数字が変わるのは20年後以上からの話。
なので、それまではやるしかない

「お金をどこからどうやって持ってくるか」「どうやって減らすか」の手法は無数にあります。
現在の案がベストだとは思いませんが、少なくとも「支給が減る事」に関しては、仕方ないっしょと思います。

そうすると、「上の世代は払った以上に貰って〜」って意見が出てきます。

「払った額が貰えない!」論

という意見をみると、感情論としては分かるけど、経済の仕組みを無視してるよな、と感じてしまいます。
そもそも払った分がもらえるシステムではないですし、そういう積立てシステムだったら社会保険の意味はなしません。
払った額以上に貰える世代もあるし逆もあるから社会保険。

何で変わってくるのかというと、結局は経済成長率や物価などの貨幣価値で変動するので、すごくざっくりと言うと、
「自分たちの世代がどれだけ社会的な資産を築いてきたのか」
だと考えています。

重要な資産は人

特に大きいのが「人」という資産。
「物」なんてあってもそれを運用できる「人」がいないと収入には繋がりませんので。

だから学校の先生なんか特にそうですけど、会社でも「人を育てる」と言うのがもっとも崇高な価値のある仕事の一つだと思います。
育てるのと言うのは「仕事をする能力のある人にする」という前提にはなりますけど。

人という資産は数量と質の2つの要素でみれると考えています。

① 数量

まずは数量。
この場合は人口でいいと思います。

「子供を作れ」とかいう個人に対しての話ではないです。
て結果として社会がどれだけ総合的に資産を築けたかという意味での人口なので、産まない人もいても良いし、たくさん産む人もいても良い。
全体として「次の世代を作る」と言うことに、どれくらい社会貢献してきたか、と言うことです。

その観点で言うと、僕の爺さん世代。
戦前から戦後を作った人々は凄いと思ってます。
それ以前の人達もですが。

僕の爺さん、婆さんが真っ当に年金を貰えていたのは、この社会的資産をめちゃくちゃ築いてきたから

歴史が好きなので戦前、戦後の当時の人が書いた本をそれなり読みます。
あの時代の人は凄い。
十分に重機も無い時代に、何もない荒野にゼロから短期間で都市を築いたりして。
なんというか、凄く「生きる事、発展する事」へのパワーと勇気、行動力を感じます。

今より生活のためだけの労力や時間が必要な時代なのに、何人も子供を育ててますし。


ちょっと話がそれますが…。

僕の婆ちゃん、母方の実家は高知の山奥でした。
水道などなく、庭から湧いている水をホースで各部屋に分配して垂れ流し。
曾祖父さんは鉄砲を持って狩に行ってました。
家族で森の切って、田んぼや畑にして石垣を積んで、鶏、ヤギ育てて卵やミルクを、という暮らしを間近に見れたのは、今となっては貴重な経験です。
家も立派な木造家屋でしたが、全て自分たちで建てたというのを誇らしく語っていました。

それに比べれば、会社作ってスタジオも半分以上はDIYでやって、WEBサイトのデザインやシステムも全部自分で構築して、などというのは全然可愛いレベルだなぁと。
もっともっと改善していかないとなぁと思います。

なんとなくですが「突然、辺りが荒野になっても自分たちで工夫して絶対に生き延びていく」みたいな強さを幼少期に学んだように思います。


出生率が低いという事に対しては、色々な分析や考えがあると思いますし、解決方法もそれなりにあると思いますが、現状では、

社会全体として人材の数量的な育成は重要視してこなかった

というのが数字で結果の出ている事実だと思います。

「いや、僕は…」「私は…」「政治が…」「景気が…」と個別論はもちろんあると思います。
僕も子供は3人持ちましたし、社員にも売上げや利益率からすると、相当に突っ込んでいると思います。

が、個々の状況の事ではなく、データとしては人員の数量的資産はここ数十年でかなり減らしています。

「労働(生産)力が少ない状態」が社会保険的にはマズイ状態なわけです。

が、先進国のほとんどは人口減ですが、そこまでの自体にはなっていない。
なぜなら「数量」も大事ですがそれ以上に「質」がより大事だから。

先ほど「労働(生産)力が少ない状態」と書きましたが、「力」であって「数」ではないから。

②質。育成と教育

はとても重要

同じ仕事をするとして、仕事できない人が10人と、めっちゃ仕事できる人が3人いる会社だったら、圧倒的に後者。
前者は売上げも利益も上がらないどころか、人件費固定費だけ垂れ流して絶望的。
「人間としての価値」というのは全然別のところにありますが、社会保険という「お金」の話は、算数を無視した話は不可能なので、そういう意味での「質」はとても重要です。

ですので、

昔とちがって教育費にお金が掛かるから、子供は1人〜♫

という価値観が少子化になっているのであれば、問題ではあるけれどもポジティンブに考えることができます。

僕個人は昔から人口減にはポジテティブでした。
日本においての最適化が進むだけでしょうと。

質の高い(仕事ができるという意味において) 人 が育ってくると、こうなります。

極端にデフォルメしちゃってますけど、左は1人1円稼いで合計12円。
右は1人4円稼いでますので、どちらも合計12円。
その場合、所得の総額は減らないです。
社旗保険も問題なし
(その場合のインフレ物価変動を書くと趣旨がづれるので今は無視)

教育にちゃんと投資をして技術確信、社会資本を整備して、結果稼げるようにして価値が上げる。
そして海外の資源を、その価値を使って分けてもらって、生活を豊かに維持する。
日本に限らないですが、資源のほとんどを輸入しなければいけない日本では「世界と比較して落ちないこと」=「世界全体と同じ程度には成長し続けること」が必須になっています。


「もうこのままで良いじゃん。ガツガツせずに静かに暮らそう」
みたいな人生観もあると思いますし僕は好きです。
ただ、その場合、経済の価値というのは相対的な世界ですので、生活レベルはどんどん落としていく事になりますし、他の同レベルの国が同じように社会インフラや経済権益、領土問題などかなりの犠牲は発生します。


ともかく生産して富を築いて一人当たりのGDPやGNI、つまり給与所得が上がっていくと言うのが、歴史的に大きくみて「正常な状態」です。

過去の日本の給与の平均の表を貼ります。

西暦和暦給与所得者 平均年収
1875年明治8年160円
1900年明治33年274円
1925年大正14年741円
1950年昭和25年12万円
1975年昭和50年203万円
2000年平成12年461万円
2015年平成27年420万円

この15年だけ下がってますが、それ以外は爆増。
先日も書きましたが、海外のほとんどは直近15年間も、順調に上げています。

日本も「昔とちがって教育費にお金が掛かるから、子供は1人」だったら、さぞかし質が上がって稼げるようになっているではず…なら問題ないのですが、実際は、

日本だけ下げとるやんけ〜

という状態。
これが非常にまずいと思っています。

ここ15年のイメージはこんな感じ。

半分は極端ですが、あくまでもイメージということで。

「数と質の両方とも下がってる〜」
という最悪な状況に見えます。

以前も産業構成の変化についてちょっと書きましたが、

理想は上の絵のような感じで、人的リソースが適切に移動しながら社会全体の資産が形成されて発展していく形だと思います。

形のある物ではないサービス系事業が主流になるのは20年まえから分かっていました。
なので、例えばIBMとかの外資は、Think PadなどのPC事業をさっさと売却し、クラウンドやコンサル業務などにシフトしていきました。
日本のそれができずに今になって「45才早期退職」とかを初めて労働力の最適化を測ろうとしています。
お金がなくなる前にそれをやっていればど思うのですが、法律も含めて日本全体はそれに反対していたので、ある意味自業自得。

そこに重きを置いていた国や会社は人口とは関係なく一人当たりのGNIを伸ばしてきました。
既存産業の効率化と新たなフィールドで稼げる人材の育成に投資をして成長してきた結果です。

先日、Newspickに、サイバーエージェント社員さんの投稿があり、印象に残っています。

「当時、大手電気メーカーに内定もらっていたけど、今の会社にしました。親には大反対されて喧嘩したけど、あのままもし就職してら今頃は…」

この辺りの変化の捉え方が日本では、当時は混沌としていたかなぁと思います。
ちょっと前まではまだまだ、
「形のある物を作ってなんぼ」
「形のない物にお金を払いたくない」
みたいな感覚の世代が多かったと思います。

音楽業界だと、ダウンロード配信が出てきて、
「やっぱりCDで”物”としてじゃないと」
みたいな議論が2000年~2010年は盛んでした。

僕はそもそも音楽自体が物ではなく、形のないものであり「事」でもあるので、何言ってるの?という感じでしたが。

両方ダメだならダメだこりゃ

両方だめだと「社会保険的が」以前に、日本の経済がダメす。
なので今回、「社会保険庁じゃなく金融庁が発表した」というのが、すごく興味深いポイントだと思いました。

こうなると、
「払った額は貰えない」
は決定事項だと思います。

じゃあそれが問題か?っていうと問題だけど問題じゃないというか、全体で考えると落ち着くところに落ち着くと考えていて、そんなに悲観はしていません。
そのあたりは、すごく多くの要因がありすぎて今日だけでは書けないですが、僕の考えは、
「払った額もらえなくても払っとけ」
です。

積立てた方が特なのか?

「だったら自分で積み立て方が」論があります。

僕には結果論で「ハイレバでFXやってたら儲かったのに」と同じレベルに聞こえます。

自分で積み立てはもちろん大切で、僕も積立て式のサービスにも入ってます。

ただ、

「だから社会保険は払わない方が良い。要らない」

ってのには、?マジで?としか思えません。

理由の一つは、先ほどの経済活動は過去の人達が築いた資産の上に成り立っているので、その資産を築いた人達が気づいた資産から、それなりの提供を受けるのは極普通の事。

そして僕らの世代も、築けたなら築けたなりに、築けてないなら築けてないなりにリターンが減るのは当たり前。
僕らの世代が全体としてはそれが出来なかったと言うことです。
他人や政治の性にする人もいると思いますが、それら全て含めて僕らの責任だと思います。

2つ目の理由は、こちらがメインの理由ですが、過去20年間の何も上がらない状態は歴史的には、すごく稀な異常事態で、どこかで転換する可能性が高いからです。
「そんな訳あるか。日本は終わりだ」
とか、思っている人たちは今の若い世代をかなりバカにしていると感じます。

引用ですが、物価変動のグラフ。

国税庁、「民間給与実態統計調査」
引用:https://www.39asset.co.jp/blog/2018/10/000844.html

こんな感じで、日本だけ絶賛停滞中。
1人当たりの稼ぎが減ってるんだから、消費も増えず、物価も上がらない。
これだけ上がらない状態というのは、普通ではないです。

先ほどの、給与の平均をもう一度貼ります。

西暦和暦給与所得者 平均年収
1875年明治8年160円
1900年明治33年274円
1925年大正14年741円
1950年昭和25年12万円
1975年昭和50年203万円
2000年平成12年461万円
2015年平成27年420万円

国税庁「民間給与実態統計調査」より抜粋

2000年→2015年のこの停滞は普通ではないと考えれば、「積み立てだけ」が如何にやばいかが分かります。

このまま下がればいいじゃんと言うのは、それは日本全体の仕事のクォリティが世界に比べて相対的に下がってますよって事なので、目指すべきではないです。
可能性として全国民が諦めればありえますが…。

今の停滞は大きく言うと、
「情報通信革命や自動化に頭がついてこれなくて世界に離されてしまった人々」
が多く、経済的に大きなロスを産んでしまったから、だと考えています。

身近な例としては、頻繁に海外にいく友人が「日本だといまだに現金がいるが…」と書いてたりします。

レジでお客さんが小銭を数え、店員は待っている。
その時間がなければ、もう1人2人は流せます。
レジだけでみたら、生産性2~3倍です。
その分、レジの人の給与が上げられたり、消費者に人件費が安く済むのが還元される。
一番わかりやすい経済成長だと思います。

「このままで良いじゃん。変えるの面倒臭い」
って、まだまだ多くの人が思っているって事だと思います。
「このままでいいはずで、自分も上の世代と同じように年金をもらえるべき」
とも。

「このままで良い」と言うことは世界全体でみたら生産性は相対的に落ちていくと言う事で、今はまだ日本は全体としては、そうなることを望んでいる状態だと考えています。

富士通などの例をもそうです。
ものすごい数の事務職を配置転換か早期退職を募るというニュース。
IT、RPA化によって数が必要なくなった人員に、これまでは過去の積み上げた資産があったので給与を払えてお茶を濁せてきましたと。
かれらが入社当時は、まだまだ何事も「紙の書類」の時代で、相当数の事務職人材が必要だったんだと思います。

PCどころかスマホが当たり前になり、RPAが浸透してくると事務職は前項の「仕事のできない10人の会社」になります。
ただ彼らが新たなスキルを学んで活躍するようになれば、「仕事のできる10人」にいきなりなります。
人間、今のままでなんとかなるなら甘えちゃいますよね。
変われないです。

が、ピンチの時の人間のパワーは凄いと思ってます。
少し時間がかかるとは思いますが、全員が気づいて意識が変わると、爆発的なパワーを産むという歴史を日本は持っています。
若い人たちには優秀な人たちが、凄い増えているので「人口減」は大変ながらも「質」は間違いなく上がっていくと確信しています。

そうなったら「積立てだけ」って笑えないですよ。
所得も物価も上がります。

IT、AI、RPAの展開が進んでいったら、普通に過去の用に20年たったら相当物価が変わる可能性があると思っています。
社会的資産、基盤がもう一段階アップしたという状態。

金融庁は2000万円と発表しましたが、2000万持っていても30年後には今の1000万と同等価値ってのは、普通にありえます。
70代なら2000万円で足りたとしても、90代になったらさらに価値変わってますみたいな。

別にジョークではなく、経済史的にはそれが方が普通

「年金払わずにその分、貯金します」
って言うのはその辺、わかってるのかな?と。
その時になって「全体で支えるべき」とか言い出さないかな。
僕はどっちもやるべきで、それがリスクヘッジだと考えています。

社会保険庁のたくさんの不祥事や現状の無駄と思うことなど、沢山の不満、疑問点はありますが大きくはそんな風に考えています。

では、また。

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