“【ゲーム文化】1980代〜”をみて

こんにちは、岩崎将史です。

台風が、思いっきり逸れた週末。今日もこれからスタジオへ出社して仕事です。日曜日だけど。演奏者や納期の都合上、工程を組むと土日も中々安めないのが、楽曲制作や録音関係の性です。と言っても久々に昨日は1日、自宅におりました。スタジオは某アイドルチームの録音で、弊社山田が孤軍奮闘してくれましたので。

さて、今日はすんげぇ「どうでも良い話」です(笑)

日本のRPGゲームの歴史

友人SNSのタイムラインで下の記事が流れて来ました。

僕より確かちょうど10歳ほど年上の音大教授。(同僚です)

彼は、記事に出てくる「日本ファルコム」というメーカーのPCゲームで遊びまくっていたと。僕は彼とは10歳離れていますが、同じ経験を当時していました。友人教授が大学生、僕が小学校〜中学校だったのだと思います。

記事を僕の解釈で簡単に説明すると。

「ドラクエが日本のRPG(ロールプレイングゲーム)ムーブメントの”さきがけげ” みたいに言うのはやめてくれ」

ってことかなと。僕も全くの同感です。

僕も記事にも出てくる洋ゲー「ウィザドリー」や「ウルティマ」をちょっとだけ遊んでました。ただ、英語なのと少しエンタメ要素にかける部分もあり、RPGは日本のPCゲーの方が面白かった。当時2大巨頭的にPC・RPGで語られていたのがT&Eソフト社の「ハイドライド」と日本ファルコム社の「ドラゴンスレイヤー」と「イース」シリーズなどなど。(RPG自体の話になるとD&Dとか当時流行っていて長くなるので書きません)

僕もほぼシリーズ全部やってました。日本ファルコムは2人のチーフプログラマー兼ゲームデザイナーがいて、二つのシリーズが常に競ってる感じでした。記事に出てくる、ザナドゥや後に続くソーサリアンまでが、当時サブタイトルでドラゴンスレイヤーシリーズと銘打たれて同チームでの開発であったと記憶しています。当時僕らの世代のPC持ちは、色々な雑誌を読み漁って、こう言った開発記事などを手に入れ、友人たちと語り合ったものです。なので本当かどうかは知りませんが(笑)

一方、ドラゴンクエストについては、すみません。。。。

「やったことありません!!」

正確に言うと、ちょっと友人の家で2~3時間プレイしたことはあります。がクリアーまで遊んだことはありません。

ちょっと遊んで見た時の印象としては。

「う〜ん、敢えて購入するほどの目新しさはあんまりないなぁ」

もちろん面白くなかったわけではありませんし、素晴らしい作品だと思っています。が、購入に至らなかった最大の理由はファミコンを持っていなかった事でした。そして僕の嗜好としてどちらかというと「今までにない」スタイルの新しいものに関心が向く正確でして、ファミコンは基本的には「PCゲームで話題になった作品」を移植したり、それらをより大衆向けにしたり、という物が多かった印象でした。

ドラクエよりも数年早い

PCでのRPGというのはドラクエよりも何年か早く、小学校でPCのRPGが流行り始めて、ドラクエは中学生の時、という記憶です。「ビジネス的に最も成功した作品」とするならば、誰も異存はないのかと思いますが、「日本初のRPG」見たいな歴史解釈になると、そりゃ確かに異論でますな、と。

PCのRPGゲームも当時のランキングの記憶で、10万本以上はセールしていたと記憶しています。Wiki見るとザナドゥは40万本ですね。

もちろん100万本を常に超えてるドラクエとは圧倒的に差がありますが、ちょっとだけ僕の中で考慮しているのではファミコンのカセットはコピー不可能だったけど、PCゲームは当時はカセットテープかフロッピーディスクでしたので、皆んなバンバン、コピーしあって貸し借りしていたものです。(もちろん違法ですが、レコードとかも同様でした)

なのでゲームの歴史を語る時に、完全なマイノリティーだったかというと、クラスで半数程度の男子は遊んでいたし(家に良く行き来していた)、僕の妹も僕以上のソーサリアンで遊んでいたし(僕より上手だった)、「RPGやゲームの歴史」を語った時に無視するのは、確かに違うよなぁと。

音楽部分も、当時、PCやアーケードゲームのサウンドトラックやアレンジバージョンのCDが出始めていて、それはそれはたくさん購入したものです。ドラクエはそういう盛り上がりのちょうどピークで出て来たイメージ。

ちなみに20歳こえてからは、この辺りのゲームをやった記憶はないです。アニメとかもそうですが、2000年以降の作品はどうもキャラクターデザインとかなんでしょうか、世界観に引き込まれる要素が全くなくて見たいとか、やりたいとか怒らないんですよね。そうそう20年ぶりくらいに、昨年「ゼルダの伝説」は書いましたが。あれは久々に「やっておかなければならない歴史」と感じさせてくれた作品でした。

ゲーム音楽やりたかった

ちなみに、小中学生時代、ゲーム音楽にたっぷりハマっていた僕は、どうしてもゲーム音楽の仕事を「今」したくて、中学2年生の当時、PCにて自作したオリジナル曲を超沢山、90分テープ満杯にして、先ほど書いたハイドライドを制作していたT&Eソフトという会社が名古屋にあってデモテープを送りました。PCプログラム系雑誌に求人が出ていたんですわ。当時日本ファルコムに比べて若干サウンド面で弱さを感じていて、おこがましくも「これなら僕の方が。ギリ、自転車でいける距離じゃん」と。

自分で言うのもなんですが、中学2年生にしてアセンブラ(マシン語)で独自のBGM再生ルーティンを組んで、PSG用、FM用(当時PCに入っていたサウンドチップの種類です)に作曲、編曲を組み分けて、当時リリースされていたゲーム音楽でも上位のクォリティに余裕で入れる物を作れていたと思います。

有難い事に「ぜひ来てください」と会社からTELが。その時に「実は僕、中学2年生なんですけど、良いですか?」って聞いたらTEL担当者の声がくぐもりまして「中学生はちょっと、、、」と。まあ僕も「そうですよね〜」って感じで苦笑いで電話を切りました。

そしたら、後日、丁寧な手書きの手紙が郵便で送られて来まして、「あなたの作品の完成度の高さには感服しました。残念ながら中学生は雇えませんので、卒業時には是非、ご連絡ください」と。

卒業した後には、ちょっと目標が変わっていて結局、連絡はしなかったんですが。

なお大学生の頃に、元々そこ会社から分かれたチームのメンバー達が作った会社から、数本BGM制作の仕事を頂けたという縁はあったりしましたが。たまたま偶然の繋がりでしたが。

歴史に名を残すのは大抵2番手

話を戻して、先ほどのブログ記事を見て感じるのは、

「歴史に名を残すのは大抵2番手」

そして、これは音楽にも多分、あらゆるエンタメにも当てはまると考えています。

新たな要素を入れて作品を作るのって、主に3つの要素がネックになります。

  • まだこの世にない物なので「文字で他人に理解させることが不可能」のため、制作資金を用意できない
  • 前例がないので成功するというマーケットのデータを提示できない
  • 上記の事から、作品の中身にエネルギーやコストを集中しなければならなくなり、十分なプロモーションができない

前述のゲームは分かりやすい例で、2番手(実際には数番手だけど)のドラクエは、先行者の良い部分と足りない部分を冷静に分析し、資金や人的コストを最大化する事ができる。特に「ファミコン」という、PCよりもより過程に入り込んでいてコピーができないプラットフォームを選べたことが大きい。そしてそれを選ぶためにはPCゲームに比べて開発資本もより必要。

音楽も同じようなもんで、様々なジャンルで「〇〇の先駆者」みたいにメディアで名前が取り上げられるアーティストがいますが、大抵の場合、そのジャンルのコアなファン、リスナーからすると「こっちが先じゃ〜」ってのは沢山あると思います。

もっと早くにマイナーだけどライブハウスなどで一定のムーブメントを起こしていた、というような例など。

大抵の場合、そういうムーブメントをレコード会社が見つけて、より効率よく最大化するために「〇〇みたいな音楽をもっと可愛い(格好良い)人ににやらせたり、〇〇させたり」みたいな感じで、オーディションやったりとかしますので。

映画なんかでも元ネタは日本の漫画だったりアニメで、ハリウッド化されるとそれが「世界初」みたいになったりとか。ビジネスでも大体一緒ですよね。

で、結論は「だからおかしい」とか言いたいわけでもなく、「まあ、世の中そんなもんです」ってだけなので。だらか、「どうでも良い話」なんです。記事見たら、当時の記憶が「ザ〜ッ」っと出て来ましてね。

僕の嗜好は基本的に「歴史から消される物(笑)」が好きなんで、多分、一生そんな感じなんだろうなと思いますが。

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